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思い出が多すぎて!

こんばんわ、のんびりのん子です!
毎日、泣いています・・・・

実は、私の大切な人が亡くなったのです・・・・・・・

この文字を打っただけで又涙がボロボロと、、、、、、、

昨年の11月11日、死亡病名は「肺炎」

死亡診断書にはこのように書かれていますが、いわゆる「誤嚥肺炎」

入院したのは同年の9月25日

当日は定期の外来診察日で、1ケ月ほど前から便があまりでなくて、常に胃が張った状態。
食事もあまり取れなくて、無理に食べてもほとんど戻してしまう状態が続いていたので、いつもなら介護ヘルパーさんが病院に連れて行ってもらっているのをその日は私がついてきて欲しいとのことで一緒に行くことに。

旦那様は耳が遠いので先生の言っていることが理解しにくいのです。

先生の診察が始まるなり、「すぐに入院するように」とのことで直ちに入院。

病名は「腸閉塞」

きちんと食事が取れない状態が続いたので栄養状態も非常に悪くなっていました。

私が食事を作っても、一口食べると、「もう、入らへん!」と言って食べなかったのです。

実は、数か月前の5月にヘルニア、いわゆる「脱腸」になり手術をして2週間ほど入院したのです。

退院して抜糸をしてからも手術の跡の部分が痛い、痛いと言っていたんです。

手術をしたのは、病院の院長。
私が院長にその旨を言ったのですが、手術後の経過は順調だとのこと。

そういった日々が続いての10月25日の入院。

入院する数日前によく言っていた言葉が、「お腹いっぱい食べたい!」とか

「ラーメン、大盛りで!!!」と冗談を言ってたりして・・・

入院するなり、まずは栄養状態をよくするために、点滴をするも追いつかないために、中心中心静脈栄養でハイカロリーの点滴や血液製剤を入れて行きます。

5~6年前から、「脊柱管狭窄症」で介護認定を受けていました。

若いころに胃潰瘍で胃も半分以上切除しており、私が知り合う数か月前には股関節に人口関節の手術を受けていました。

人工関節の手術後のリハビリもきちんとできていないようで、歩くのがとてもつらいようでした。

そういった事もあって、どこへ行くのも一緒の二人でした。



親不孝者の私、離婚して家を飛び出しているために、実家からも絶縁状態の為、父の死を知ったのも、死んでから2年もたってからの事、

父は三男のため生前に自分の墓を建てていたのですが、その墓参りにも旦那さんが一緒に行ってくれていました。

事あるたびに、「墓参り行こうか!!!」と言って二人で自転車に乗って一緒に行ってくれました。

ある日の事、いつものようにお墓をきれいにしようと、お水を掛けて墓石を拭こうと後ろを見ると?

赤く書いてある建立者である父の名前が白に変わっている。

こわごわ横を見るとそこには、父の名前が・・・・

もうその時は驚きと悲しみがこみ上げて来ましたが、涙は出ませんでした。

「私って、本当に親不孝もの!」
「父の死に目にも会えなかった」

って、母も、兄弟もそのことは一切教えてもらえなかった。
でも、一切恨んだりしていませんでした。

そう言えば、父が亡くなった数日後にある用事があって、別れた妻に電話を入れたことがあったのですがその時に
元妻が「大変なことがあったんよ!、まあ、あんたには関係ないけど・・・」って言っていた意味がその時に理解することができました。

後で母に聞いた話ですが、父が脳溢血で10か月ほど意識不明で入院して、その間ずっと、元妻や東京に嫁いだ娘や息子が何度も見舞いに来てくれたそうです。

息子は作業療法士なので、見舞いに行くたびに1時間ほど父にマッサージをしてあげたそうです。

父の死を知ってから、すぐさま亡き父を祀る為に仏具を買ってきました。

旦那様は毎日、お花の水変えや、夏なら3~4日毎に新しいお花を買ってきて祀ってくれるのです。

そんな心優しい旦那様を亡き父にしてあげられなかった親孝行のつもりで、父のように旦那様を慕っていました。

大事な、大事な旦那様が入院して・・・・

それまでにも一緒になってから何度も入院していました。
夜中に救急車で運ばれたことも何度と。

そのたびに、「今度入院したら最後やで!」と冗談を言っていた私。
それが、現実となってしまうなんて。


栄養状態が悪いので、手術も出来ず、
というか、特に手術をしなくても、鼻からカテーテルを入れて胃・腸から内圧で内容物を排出させると、腸内の圧力が下がって閉塞した部分が改善されるそうなんです。

なかなか下がらないので、おしりから大腸まで管を通して圧を下げることも何度としました。

しかしこれをするたびに、40度からの高熱を発し、体中震えをお越し、強烈な腰の痛みを発するのです。

その都度、電気毛布で体を温め、1時間程、腰の部分をマッサージしてあげるんです。

「痛いなあ、痛いなあ・・・辛抱しててな!もうちょっとしたら楽になるからな・・・」そう言いながら。

鼻からカテーテルを通している為入院してから一切食事を摂っていません。

入院してから1か月を過ぎた11月の始め

やっと、カテーテルも取れることが出来、先生からは「おかゆ」から食べれるとのこと。

カテーテルが取れたその夜、入院してから初めての食事

私は、「やっと取れたなあ、長かったけど良かったわ」

「あと1週間ほど様子を見て退院できね」と言って喜んでいました。

その時は、そう信じて、楽観視していました・・・・

でも、おかゆを食べても全部戻してしまう始末

腸閉塞の状態は良くなっていない気配。

カテーテルを外してからは、何度となく吐いています。

先生がもう一度カテーテルを入れたいというのですが、胃を切除しているために、内視鏡カメラを入れながら胃の内部を見ながらでないとカテーテルが入れないし、そのために30分以上もかかるのがつらいために本人は拒否をします。

最後には、胃までのカテーテルを入れたのですが、それでも、内圧が下がらずに、何度となく吐いてしまいます。

きっとその時に吐いたのが肺に入ってしまって誤飲肺炎を起こしてしまったのだと私は思っています。

11月8日の午前2時ごろ、旦那さんから突然電話がありました。

「何してんねん!はようきてんか、今日は遅いやんか!」と

私は、「何言うてんの、今何時やと思てるの!夜中の2時やで、明日早よいくから待っていて」

電話をもらったこともあり朝の7時ごろに病院に行き、警備員さんに扉を開けてもらい病室に行きます。

病室に行くと、旦那さんがとても苦しそうにしています。

頭を触って見るとすごく熱い気がする。
呼吸もとても速い。

すぐに看護婦を呼んで、医師も来てもらい、とりあえず鼻から酸素を送ることに。

翌日の9日になっても一向に良くならない。

先生からは、「人工呼吸器を入れたいのですが・・・」というが、本人もそれを拒否するし私も・・・

とりあえずをは返事をしなくてその日が過ぎ、翌日病室に行くと、旦那さんが私の顔を見てまるで「バイバイ」をするように手を振るのです。

翌日の10日もお昼に見舞いに行き、「また夕方来るわ!」と言って家に帰るなり主治医から電話があり、人工呼吸器をつけないと危険な状態とのこと。

電話で、「入れてあげて下さい」と言って電話を切るなり病院へ自転車で走っていきます。

病院へ着くと、すでに人工呼吸器が取り付けられており、一般病室から、ナースセンターの横の部屋に移動するとのことでベッドの移動をしようとしています。

私は、荷物を片づけて、しばら様子を見ていた後、不要な荷物を家に持って帰ります。

翌11日、早朝と昼前の2回、様子を見に病室へ行きます。

今でも忘れない・・・・

昼前に行ったとき、旦那様の目からは涙が・・・

そしてお昼の1時過ぎに一旦自宅に帰ると突然病院から電話が!
「直ぐに、来てください」

先生からは、「電話を入れた時には、もう・・・」

そして改めて、時計を見て

「午後1時59分、死亡確認、お亡くなりになりました・・・」


「嘘やん、元気になって、家に帰れると思とったんやん!!!」



あれから、もう4か月も経とうとしますが、病院での出来事、そしてたった3年3ヶ月の短い間だったけれども旦那様と暮らした日々の事がまるで昨日のことのように思い出して仕方がありません。

もっと優しくしてあげれば良かった・・・と後悔する思いで涙が出てしまう日々が続いています。

「死」というのをあまり感じなかったのですがこれ以降すごく感じてしまうのです。

そして思う、私も遠くない日に・・・・・

私が一番後悔することは、「死ぬ前に、お腹一杯、好きなものを食べさせてあげたかったって事」

私の愛する旦那様、

「阿弥陀さんに可愛がってもらいや・・・」

合掌





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Re: ご冥福をお祈りいたします

こんにちは、コメントありがとうございます。

私がもっと真剣に彼の体の事を気づかってれば・・・・と思うと
自分を責めてしかたがありません。

たった3年3ヶ月の間でしたがまるで10年以上も一緒に暮らしたような感覚です。

朋ちゃん、お体に気を付けて長生きしてくださいね。

Re: No title

こんにちわ、なんどもコメント入れて頂いたのに返信入れなくてすみませんでした。
足が悪かったのでどこへ行くのも二人一緒。
ヘルニアの手術をするまでは自転車に乗ることが出来たのですが手術後はずっと車椅子になってしまいました。
そういったこともあり、彼の体のつらさが私には気が付かなかったと思います。
お医者さんからは入院を進めていたのですが本人が拒否し続けて・・・
私がもっと早くに一緒に病院に言って先生に相談しておればと思うと悔やんでなりません。

ましてや、カテーテルというのか胃・腸に入れているチューブが取れたときは退院できるものと信じていました。
1か月以上のも間、カテーテルを入れていて食事も水も飲めない状態。
外れたと喜んだのもつかの間、それから10日のしないうちに帰らぬ人となってしまいました。

あれからどこへ行くのも、何をするのも二人での出来事が思い出してしまって・・・

震災や事故などで心のケアが必要とか言われていますが、やっとその必要さが実感しました。

一度一人で外食しに行ったのですが、注文して待っている間に涙がボロボロと出てきてしまい慌てて店を飛び出してしまいました。

「トラウマ」というのか・・・

旦那様の「忘れ形見」に可愛いワンちゃん(パピヨン・メス 5歳)を残してくれています。

彼の生前は新世界が好きでよく行っていましたので、彼に新世界の風景を見せてあげるつもりでワンちゃんを連れてお散歩させてあげるこの頃です。

ふみさんもお体に気を付けてくださいね!
コメント、ありがとう。

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No title

ご冥福をお祈りいたします。
辛いですね・・・

ご無沙汰してます。
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のんびりのん子

Author:のんびりのん子
やっと、女になれました。
いい女になるのだから・・・・・・

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